ここまで走ってきたのだろうか、荒い息の聖雅は古都の前に仁王立ちした。
「私の目が黒い間は、絶対にそんな格好をさせるわけにはいかないからな、会長」
絶対に認めないというような聖雅に古都は口を尖らせる。
「先ほどから言っているが、何故だ?クリスマスといえばサンタクロースではないか。
それに聖兄の目は綺麗なグレーだぞ」
「私の目の色のことなんてどうでもいいっ!
だいたい、サンタクロースなら、そこら辺の男どもにやらせればいいだろう!!」
「しかし……」
よほどサンタクロースの格好が気に入ったのだろう。
渋る古都に聖雅は困ったように眉を寄せた。やはり、聖雅でも無理なのだろうか。
志紀がそう思っていると、突然聖雅が視線を落として、両手で顔を覆った。
予想外の行動に、皆が慌てる。
「ど、どうしたのだ、聖兄!?どこか痛いのか」
古都が聖雅に駆け寄ると、聖雅は少しだけ顔を上げる。
その顔を見た陽とイヴァは、そのまま凍り付いた。
なぜなら、彼女の綺麗な灰色の瞳には、うっすらと涙が浮かんでいたのだ。
「せ、聖兄っ!?ほ、本当にどうしたのだ!何故泣いている」
「いや、なんでもないんだ。ただ……」
心配を全面に滲ませた古都が、当惑したようにオロオロと聖雅に尋ねると、
聖雅は再びその顔を両手に埋めて声を震わせた。
「せっかくのクリスマスなのに、可愛い妹弟子の可愛いドレス姿が見れないのが残念で。
こんな機会そうそうない。当日の髪のセットとか、私が全部してあげようと思っていたんだ。
私の手で会長を可愛くしてあげたかった……」
「聖兄……」
「でも、いいんだ。会長が楽しめるなら、私はそれで十分幸せなんだ。
だから、会長が望むようにすればいい」
彼女はその長い指で涙を拭いながらふわりと優しい微笑みを浮かべた。
綺麗過ぎるその笑みに、陽とイヴァは同時に背を震わせる。
演技だということは、言われなくてもわかっている。
しかし、ある意味凄すぎて、普段から聖雅の男嫌いの犠牲となっている二人にとっては、
恐怖以外の何物でもなかった。
しかし、聖雅を純粋に慕っている古都には、それは大打撃だったようだった。
古都はしばらく言葉を無くしていたが、何かを決心したように頷いた。
「わかった、聖兄。我はサンタクロースを止める」
「えっ、しかし」
古都の決心に、聖雅は白々しく狼狽する。そして続けようとした言葉を、古都は遮った。
「いや、いいんだ。確かにサンタクロースは魅力的だが、
それ以上に聖兄にセットをしてもらえる方が、我にとっては魅力的だ」
「会長……」
何の名残もないようにニカッと笑う古都に、聖雅は視界を滲ませた。
そしてその細い身体に抱きつく。いや、身長差を考えれば、抱き締めたと言ったほうが正しいのだが。
「ありがとう、会長。当日は私が責任を持って会長を可愛くするよ」
「ああ、楽しみにしてる」
そう声を震わせながらも、古都に見えないところで
ガッツポーズをする聖雅の姿を、陽達は見逃さなかった。
「凶悪……」
「何か言ったか、陽」
「いえ、なんでもないデス」
綺麗すぎる笑顔を浮かべた聖雅に、陽は大人しく引き下がった。
触らぬ聖雅に祟りなし。彼は改めて己の身体に刻み込んだのだった。