「まさかクリスマスパーティーすることになるなんて思わなかったなぁ」
「そうだな。俺もここは長いが、たぶん初めてじゃないかな?」
近くにある服を手に取りながら、志紀とイヴァはのんびりと会話を交わしていた。
今彼らがいるのは、凶戲の行き付けだという、麓にある洋服店だ。
さすがに凶戲の行き付け。色とりどりのセンスの良い服が綺麗に配置されている。
もちろん種類も豊富だ。
ただ、たまに用途がわからないような摩訶不思議な服も混じっているのだが。
まあ、それは見なかったことにしよう。
店に着いてからは、皆が何となく別れて服を見ている。今、志紀はイヴァと共に行動していた。
先ほど繰り広げられた凶戲VSツッコミ属性の学生の戦い。
その激しさにとても割り込むことはできなかったが、パーティーというのは純粋に嬉しいし楽しみだ。
元々、今年のクリスマスはないものだと思っていた。
昨年まで普通の生活をしていた志紀にとって、それは少し残念だったが、
諦めなければと自分に言い聞かせていた。自分は戦士で、浮かれている暇などないと。
それと同時に、ずいぶん遠い世界に来てしまったことを痛感した。
そんな矢先の今回の出来事だったから、本当に嬉しい。
たしかに戦士としては不謹慎かもしれないが、興奮が抑えられないのは仕方ないだろう。
本当に楽しみだし、楽しみたい。
しかし、それはいいとして……。志紀は適当に手に取ったワンピースを見つめる。
パーティーの場なんて初めてだから、どんな服にすれば良いのかがわからない。
イヴァも志紀と同じ状況のようで、適当に取り出してはしまってを繰り返している。
困った。志紀は小さくため息をついた。すると、それに気付いたイヴァが苦笑を漏らす。
「なんだ。志紀も迷ってるのか?」
「うん、ここに来てからはほとんど制服生活だったし、パーティーなんて初めてだから」
「オレもそうだよ。そもそも普段から服なんて自分で買わないからな」
そんなイヴァの言葉に、志紀の中である疑問が浮かんでくる。そういえば。
「イヴァや皆って、服以外でも何かほしいものがある時ってどうするの?」
よく考えれば、私服にしてもちょっとした雑貨にしても、そう簡単には買いに行けないだろう。
一体彼らはどうしてるのだろうか。するとイヴァは考えるように視線を上げた。
「俺の場合医者だから外にはあまり出ないんだが、
他の奴らは晏先生に許可もらって出かけたりしてるぞ。
まあ、一年に一回あるかないかってとこだがな。
それで、誰かが出かける時に俺の分も買ってきてくれるように頼むんだ」
「そうなんだ」
そう相づちを打った後、志紀はハタと気付いた。もしかして。
「これってイヴァにとって久しぶりの外出だったりするの?」
「ん?ああ、数年ぶりかな。俺は外の任務には出ないし。この辺りもだいぶ変わったと思うぞ」
その言葉に、志紀は思わず息を呑んだ。数年ぶりの外出。その事実が重くのしかかる。
イヴァは何でもないように話しているが、もし自分がそんな状態に置かれたら。
きっと狂ってしまうだろう。
急に黙ってしまった志紀に、イヴァは首を傾げた。
しかしすぐにその理由に気付いた彼は、その大きな手で志紀の頭を撫でた。
「イヴァ……」
「ありがとう。俺のために心を痛めてくれて。
でも、俺は大丈夫。学園の皆が大好きだから、辛くない。
それに、今日志紀とこうやってここに来れたことだけで嬉しいんだ。
数年ぶりの外出に、おまえと一緒に来れてよかった」
「……うん」
志紀は天井を見上げると、少し濡れてしまった瞳を乾かした。
彼の言うとおりだ。過去を悲しむより、今この瞬間を大切にしたほうが数十倍ステキだ。
だから。志紀は気持ちを切り換えると、曇りのない笑顔を彼に向けた。
「せっかくの機会だし、楽しまないと損だよね。次はあっちを見てみる?」
無理のない屈託のない笑顔に、イヴァも微笑みを漏らす。そして頷いた。
次のところに移動すると、そこにはいくつかの服を手に取った、セピアの瞳を持つ姿があった。
「あ、陽くん」
「ん、志紀先輩にイヴァじゃないですか。こんにちは。いい服見つかりましたか?」
笑顔で言われたその言葉に、志紀は苦笑しながら首を横に振った。
「ううん、まだなんだ。パーティードレスなんてどうしたらいいのかわからなくて。陽くんは?」
「僕ですか?僕は大体決まりましたよ」
陽は服を持っている手を少し上げた。
その手には普段より幾分か綺麗めの服が掛けられている。
もう決めてしまったという彼に、志紀は素直に感心した。
たしかに陽はどちらかと言えばセンスの良い方なのだろう。
今日は外出するということで、珍しく私服を着ているのだが、
それだけでも陽のセンスの良さを垣間見ることはできる。
薄い色のジーンズに黒のフードパーカーまでは普通なのだが、
彼はその中にショッキングピンクのインナーを着ている。しかし、決して派手ではない。
黒のパーカーがしっかりと抑えの役割を果たしているのだ。
袖口と首元から覗いたピンクがおしゃれだ。そして上着はファー付きのジャケット。
そんな格好が似合うのも陽だからだろう。
格好良いだけでなく、そことなく可愛さを織り交ぜた服装は、
二つの絶妙なバランスを生み出していて、とても真似できないなと素直に感心してしまう。
志紀が感慨に浸っていると、イヴァも笑顔を漏らした。
「さすが陽だな。いつもキョウ先生に付き合わされてるだけあるよ」
「あはは、あんまりありがたくないけど、そのとおりだと思う。師匠にはだいぶしごかれたから」
陽は遠い目で乾いた笑いを漏らした。
凶戲という義父を持った彼は、ファッションには無駄なまでにうるさい父に散々鍛えられた結果、
現在に至るらしい。たしかに凶戲に鍛えられれば、センスもハイレベルになるだろう。
ただ、薦められても遠慮願いたいが。
陽は通りかかった店員さんに服を預けると、二人を見た。
「さて、二人はまだ決まってないんですよね?僕も一緒に見ましょうか?
師匠に鍛えたれただけあって、少しは役に立つと思いますよ」
そう言ってにっこり笑う陽に、志紀とイヴァは目を合わせた。
確かに陽に一緒に見てもらえたら、だいぶ楽かもしれない。
そう判断した二人が陽にお願いしようとしたその時だった。目の前を頂けないものが通り過ぎた。
一瞬時が止まる。
そして、陽を含めた三人は、唖然としたまま勢いよく振り向き、その摩訶不思議な光景を見つめた。
「古都!?」
「マジかよ……」
「会長、何なんですか、その格好は!?」
三人はそれぞれに声を上げた。仕方がないだろう。
だって目の前を、真っ赤な某クリスマスのおじいさんの格好をした古都が通り過ぎたのだから。
しかし、彼らの悲鳴に近い驚きの声程度で怯む古都ではなかった。
それどころか、にっこりと彼らに笑いかける。
「おお、皆の者ではないか。どうだ、順調に決まっているか?」
「あの、会長。つかの事お伺いしますが、
まさか会長はその格好でパーティーに出るつもりではないですよね?」
違うと言ってくださいと言わんばかりの陽の言葉に、古都は怒ったように腰に手を当てた。
「まさか!そんなわけなかろう。我がこんな格好で出るわけがないぞ」
即座の否定の言葉に、三人はホッと胸を下ろす。よかった。
古都ならこの格好で出かねないと戦々恐々としていたのだが、さすがにそこまではないらしい。
しかし、この時彼らは忘れていたのだ。
古都が、カメムシモチーフの髪飾りを付けるような奴だということを。
その間にも、古都はがさごそと何かを探していた。
そして目的の物を見つけると、嬉しそうに意気揚々とそれを取り出した。
「おお、あったぞ!やはりこれがないと不十分だからな。よし、これで完成だ!」
そう叫ぶと彼女は迷いなくその物体を自分の顎に装置した。
白く長い某おじいさんのヒゲを。三人の表情が固まる。なんだこれは。
一瞬にして美少女がサンタクロースに変身してしまった。
しかも完成ということは、これでパーティーに出るつもりなのか、彼女は。
「嘘だ、誰か嘘だと言ってくれ……」
「あたりまえだっ。会長の兄妹弟子として、許せるわけ、ないだろう」
突然横から聞こえたハスキーな声に彼らは振り返った。
そして、その姿を見て思わず安堵の息を漏らす。
なぜならそこには、息を切らした聖雅が立っていたのだ。