王子様は歌う。〜Because of love.〜



夜の街を朱雀はふらふらと歩いていた。
頭が痛い。こんなに泣いたのはいつ以来だろうか。でも、それだけ泣いても喪失感は拭えなかった。
彼は再びため息をついた。
幸せが逃げていこうが関係ない。そもそも今の彼に逃げていくほどの幸せなど存在しないのだから。

彼は力なく曲がり角を曲がった。その瞬間、突然大きな衝撃が朱雀を襲う。
力なく歩いていた彼がその力に耐えられるはずもなく。朱雀は尻餅を付いていた。

「ったぁー。」

「すまない、大丈夫か?」

どうやら人とぶつかったようだ。そのことに気がついたのは、その声が聞こえてからだった。
顔を上げると、そこには丈の短い白い着物に身を包んだ少女の姿があった。

歳はおそらく自分と同じくらい。
涼やかな目元ときれいな顔立ち、大人びた雰囲気が印象的な彼女は心配そうに自分を見つめていた。
まったく、今日は厄日なのだろうか。朱雀は小さく息をついた。

「いや、ほおけてたオレが悪いねん。大丈夫やから行ってください。」

彼は彼女の視線を避けるようにそう言った。
しかし、彼女は朱雀を見つめたままで。それどころか眉間にシワまで寄せていた。
その視線はまるで心の奥底まで見透かすようで。
居心地の悪くなった朱雀は、急いで立ち上がった。

「なら、オレはこれで…。」

「おまえ、失せ物の相が出ているな。」

あまりに唐突に発せられたその言葉に、朱雀は動きを止めた。

「はあっ?」

「失せ物の相だ。ちょっと動くな。」

そういうと彼女は朱雀の額に手を当てて目を閉じた。
女子にしては身長の高い彼女は、朱雀より少し低いだけで、楽々と額に手が届いた。
彼女を包む空気が変わる。

「おまえはこの先、いくつもの大切なものをなくすだろう。絶望することもあるだろう。
でも、生きろ。精一杯、後悔しないように。でないと、その先に待ってる幸せが可哀想だ。」

そう言うと彼女は朱雀の額から手を離した。その顔には痛いほどの微笑みがあって。
彼女は朱雀の肩を優しく叩くと踵を返した。

不思議な出来事。だから数ヵ月後、彼女と再会するとは思っていなかった。
彼女の名は朝都慧。この先一生の親友になる女性だった。










羅生は静かに開いた障子をゆっくり振り返った。
気配でわかっていたが、そこには珍しく真剣な表情の長男の姿があった。どうやら何かを決意したようだ。

羅生は読んでいた書物を脇にやると、長男を見つめる。

「こんな時間にどうした、朱雀。」

「親父。」

彼は畳の上に正座すると、父親の目をまっすぐ見つめた。

「オレ、芸能界に入ります。」

その言葉に羅生は驚いたように長男を見た。あれほど嫌がっていたのに。
昔は自分もいた世界。頂点まで登り詰めて、しかしそこで待っていたのは空虚な自分だけだった。
妻に出逢うまで、自分は人形でしかなかった。

「厳しい世界だ。お人好しのおまえに耐えられるのか。」

彼は長男を試すようにわざとそう言った。しかし返ってきたのは揺るぎない決心だった。

「ああ。絶対に生き残ってみせる。」

羅生はフッと頬を緩ませると目線を伏せた。そこまで固まった心を崩すつもりはない。

「好きにすればいい。おまえの人生だ。」

そう言うと予想していたのだろう。朱雀は一礼して立ち上がった。その後ろ姿を彼はもう一度止めた。

「理由を、聞いてもいいか。」

ふと気になったのだ。あそこまで頑なだった長男の心を変えたのは何だったのか。
名声や金ではない。この息子は驚くまでにそういったものに対する頓着がない。
まったくの無心なのだ。いや、いっそ嫌っている。
では、いったい何が。

すると朱雀は泣き笑いのような表情を浮かべた。

「オレが頑張ってることを伝えたい奴がいるねん。」

そういうと彼は今度こそ部屋を出ていった。
部屋に残された羅生はしばらく長男の去った後を見つめていた。
容姿は自分だが、その性質は妻と一番似ている長男。あの子の方が多少頼りないが、本当によく似ている。
大切なモノのためなら、どんなことも厭わず、どんなことでもやり遂げる。

「麻子さん、あいつは日に日にあなたに似てきているよ。」

きっと朱雀は芸能界で成功するだろう。
羅生にはないあの頼りなさと真の力のギャップが魅力的に映ることは、中学の生徒会で立証されている。
そしてなにより、妻と同じ人を惹き付けてやまない透き通った真っ直ぐな瞳。

「大丈夫。あいつならきっと。」

彼は誰もいない空に向かって囁いた。










都会から遠く離れた町。そんな町であっても、話題は都会とそんなに変わらない。
そしてその日の話題も彼だった。

「ねえねえ、紫藤朱雀の新曲聞いた!?」

「聞いた聞いた!昨日のMスタのやつでしょ?良かったよねー。」

横を歩く友人が騒ぐ中、彼女は口を挟むこともなく、その会話を聞きながら歩いていた。

「あれで歌手本業じゃないんだから、凄いよね。今の若手俳優の中じゃ注目度No.1だよ。」

「最初は親の七光りかと思ったけど、紫藤羅生を抜く日も遠くないね。あれで現役高校生なんだからさ。」

二年ほど前に突然現れた超新星。
最初は過去の名俳優・紫藤羅生の息子であることと、その整いすぎた顔で注目された彼だが、
今は完全に自分の力とその人柄、計り知れない魅力で上に登り続けている。

「しかも、歌詞は朱雀が自分で書いたんでしょ?すごく切なかった。胸がギュってなったもん。」

「私泣いちゃったよ。なんか自分に重なっちゃってさ。朱雀の表情がさらに切なさを誘うんだよね。」

「でも、いつもそうだけど歌い終わった後の朱雀の笑顔、いいよね。なんかさ、真っ直ぐで。
そう思わない、遥奈?」

突然会話を振られた彼女は、驚きもせずにただ笑った。

「うん。私も大好き。」





『君に捧げるこの歌を。たとえ届かなくても、僕は歌い続ける。ただ、君のために…。』







〜Because of love.〜

王子様は歌う。end






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